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歴史の幸「菅谷たたら山内」『語り部』~菅谷たたらの歴史物語⑬~


熱した鋼を鎚で打って鍛錬し、包丁鉄に加工する大鍛冶場での作業の様子
                     (レプリカ)鉄の歴史博物館
         
~大鍛冶と小鍛冶~
 菅谷たたらの歴史物語では、これまで高殿のたたら操業を中心とした物語を展開してきました。たたら製鉄といえば、一般的に高殿を中心とした鉄の生産と思われがちですが実はたたら製鉄にはもう一つのなくてはならない主要な工程があります。それが大鍛冶です。
 鍛冶には目的が全く異なった大鍛冶と小鍛冶という大小二つの鍛冶があります。今日あまり見かけなくなった生業に「鍛冶屋さん」があります。「村の鍛冶屋」という唱歌ができるほどかつてはどこにもありました。「しばしも休まず 鎚うつ響き♪♪♪」と歌われた「村の鍛冶屋」は小鍛冶といって鉄素材を鍛連し、鍬や鎌、包丁などの鉄製品を製作する鍛冶屋さんの作業風景が唄われたものです。刀匠による刀鍛冶もこの部類に入ります。では、聞きなれない大鍛冶とはどんな鍛冶でしょうか。
 鋼を造ることを目的とした鉧押しのたたらで造られる鉄塊(鉧)は、鋼を除く大部分が鋼でも銑(ずく)鉄でもない、歩鉧(ぶげら)とよばれる雑鉄や銑鉄となります。この歩鉧や銑鉄はこのままでは鋼や鉄素材として出荷することはできません。そこでこれらの雑鉄は不純物を除いたり炭素分を調整して鉄製品を作ることができる鉄素材(包丁鉄ともいいます)に加工する必要があります、そのための作業工程を大鍛冶といいます。
 この作業には二つの工程があります。銑鉄は鋳物に使われる鉄原料となりますが、鉄に含まれる炭素が多いために脆く、叩くと割れてしまうように鋼のような粘り気はありません。そこで銑(ずく)鉄に含まれる炭素を取り除いて適度な炭素分となるよう調節する作業が必要となります。これが「脱炭」です。もう一つは脱炭された鉄に鉧を混ぜて鍛錬し、製品となる包丁鉄に加工する作業です。
 ちなみに大鍛冶屋とよばれる大鍛冶の作業施設は菅谷たたら山内にはありませんでした。おそらく、銑や歩鉧は田部家本宅のあった吉田村の中心部にある大鍛冶屋に運ばれて加工されたものと思われます。
 『語り部』には故堀江要四朗村下ともう一人、故渡部平助氏が登場します。故渡部平助氏は大鍛冶の棟梁にあたる大工職として雑鉄の鍛錬技術に堪能した職人でした。次回から同氏が『語り部』の著者に語った大鍛冶の歴史あれこれについてご紹介することにします。

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