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歴史の幸「菅谷たたら山内」『語り部』~菅谷たたらの歴史物語⑨~


高殿に吹く風の通り道となっている菅谷川の谷沿い

 たたら炉に投入された砂鉄は、木炭の燃焼によって還元、溶融され、鉄塊が生成されるのですが鉄塊といってもこれがすぐに鉄素材になるわけではありません。鉧押し(鉧吹)のたたら製鉄からできた鉄塊は「鉧」とよばれ、部位によって含まれる炭素が不均質だったり、木炭や鉄滓(不純物)が含まれているのです。高殿で行われるたたら操業は、いくつかの工程を経て鉄素材(包丁鉄、鋼)として出荷するための第一段階ということになります。
 高殿に入ると、炉の奥に壁で仕切られた部屋があります。中央が砂鉄を置く小鉄町(こがねまち)で広さがおよそ35㎡、小鉄町の両側には炭を収納する炭町があり、一部屋が約23㎡ほどあります。かなりの広さですが『語り部』によると一回(一夜)の鉧吹操業に使われる砂鉄の量が約15トン、炭も同量の15トンが使われたとありますのでこの広さもうなづけます。
     
  奥側中央が小鉄町でその左右に炭町が配置されています

~菅谷たたら山内は「風と水」を利用した絶妙な位置につくられていた~
 操業について語る前に菅谷たたら、特に高殿の立地的な特徴を挙げなくてはなりません。『語り部』は菅谷永大たたらの特徴として次のように記しています。―中略―
 菅谷永大たたらは、村下坂の石垣の上や桂の木の下に立つと、いつでも風が下から吹き上げています。菅谷川が西に向かって流れ、(その)谷から吹き上げる冷たい風です。
 菅谷永大たたらがこの場所(菅谷川と雨谷川の合流点)に建て替えられたのは、鉧を砕く大どうを巻き上げる水車を回す(ための)水量を得る(のに適していた)こともあったと思われますが、それと菅谷川が西に(向かって)深い急流となって二キロを下っている、(この急流から)西風の吹き上げる地点が選ばれたと考えられます。
この高殿の建て方をみると、―中略―建物の屋根に谷風が吹き上げて屋根をすべり、炉内の炎を吸い上げるように建てられています。(すると)炉の炎はますます燃え上がり、炉内の温度が上がる仕組みになっているのです。
 冷たい風を高度に利用する好条件のたたらはそう他にはないと思われます。代々の村下さんたちによって、この条件のよいたたらを生かして、風を利用した新しい技法が編み出され、菅谷永大たたら独特の操業が行われていたものと考えます。
~故堀江村下と風~
 村下はよく(高殿に吹き上げる風を)「かたい風」と言われていました。この意味は、湿気のない風、乾燥した風、冷たい風、谷の風などでした。「湿気と温度、そして風の具合によって窯の高さを加減せねばいけません」―中略―「火も風も生きていましてね、仲の良いもんだったり、時には中の悪いものどうしになったり、全く扱いにくいものでした。」
 晩年、故堀江村下は風の通る桂の木の根っこに腰をかけ、よくキセルを吹かしておられたのだそうです。
                                  (朝日光男氏談)
   
故堀江村下の指定席となっていた桂の根元(右側)

 火も風も生きていると言う故堀江村下の言葉には、菅谷に生まれ、菅谷たたらで培った村下ならではの味わいがあります。菅谷たたら山内見学の際はぜひ、往時と変わらず菅谷川から吹き上げてくる「かたい風」を体感していただきたいと思います。


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