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歴史の幸

歴史の幸「菅谷たたら山内」『語り部』~菅谷たたらの歴史物語⑧~

    
高殿の下手に鎮座する金屋子祠(左は元山祠)

たたら操業と金屋子信仰
村下さんたちは(たたらを吹くときに)技術や勘だけではどうにもならない、まして鉧吹となると(村下でさえ)絶対の自信はないといっておられました。「鉧吹は吹く度ごとが初めてです」、前回に驚くほどの鋼が吹けて、(次に)その通りにしても決して同じものは吹けず違った鋼が出ます。同じ条件で吹いて(やって)みても人間だけの能力ではどうにもならない、神秘的なものがあります。鉄は金屋子神が吹かれるもので、村下に金屋子神が乗り移られたときに本当の鉄が吹けると信じている村下が多いのではないでしょうか。たたら吹きには私達が信じることのできない(想像を超えた)神秘性があるのだろう。と『語り部』の著者は記しています。この一文は、著者田部清蔵氏が『語り部』で最も訴えたかったことのひとつかもしれません。
さらに、(故堀江村下は)人間の能力を超越した神霊を受けなくては仕事ができないと感じておられ―中略―父親から教えられたとおりに(金屋子神)を信奉しているとのことでした。故堀江村下にはこのような思いがあったことから、(菅谷たたらでは)最初の操業(火入れ)の朝、特に鉧吹の朝は鉧吹を成功させるために、厳粛な金屋子神を信仰する神事が行われました。



   村下のみが通ることができたとされる村下坂

火入れ前の神事
鉧吹の窯(炉)に火入れする朝、(村下は)暗い内に裏の川に入って身を清め、全部洗濯したものに着替えて新しい草履に履き替えます。(村下は)元小屋の玄関に出してあるお神酒と土器(に盛られた)塩を持って村下坂を登ります。村下はこのとき一生懸命呪文を唱え、金屋子さんを祈ります。(そして)この坂を登ると(神霊を受けた)村下になります。



坂を登ったところに枝ぶりの良い松があります。その根元に塩を盛ってお神酒を垂らし、一心に金屋子さんを祈ります。―中略―この祈願が終わると村下は自信を得て村下口から高殿へ入ります。(高殿で)待ち受けていた宇成(うなりとよばれる女児あるいは高齢の女性で、高殿内では神事に奉仕する巫女の役や、たたら職人の炊事を担当)と元山柱(高殿左手奥の押立柱)の神棚に金屋子さんを迎えて祈念します。そして、塩で窯を清め、粉鉄町、炭町、土町を清めて、村下座、炭坂座を清め、作業者全員がお神酒をいただいたあと、上窯を築き、釜を乾燥させて窯に炭を入れたあと、種火を入れて操業に入ります。


高殿の後ろにのこる金屋子化粧池 (縦90cm・横170cm)

 (このように)菅谷たたらでは、時代が過ぎても古式の金屋子信仰が守られていて、(故堀江)村下も父親から信仰について厳しく指導されていたようです。―中略―なお、菅谷たたらと他のたたらとの(大きな)違いは、高殿の裏に金屋子さんの化粧池(があること)です。金屋子さんは女の神様で、毎朝夜が明けると高殿から出て化粧池を水鏡にし、化粧されます。(そのため)宇成(うなり)は毎朝夜が明けると(高殿の)裏口を開け(ます)。裏口で待っているとき、(金屋子さんが化粧を終えて)肩に手が当たったような気がすると裏口を閉める。こんな習わしが続いていました。

 菅谷たたらのように、高殿のそばに金屋子神(女神)に付随した池が造られている例は少なく、菅谷たたらでは徹底した金屋子信仰が行われていました。これは菅谷たたらの大きな特色といえ、村下にとって金屋子神は、たたら操業を成功に導く神霊であり、村下の拠りどころとなっていたことがわかります。さらにいえば、菅谷たたらでは金屋子信仰とともにたたら操業が行われていたともいえます。

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