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歴史の幸「菅谷たたら山内」『語り部』~菅谷たたらの歴史物語④~

        
          
  菅谷たたらの間近に今も遺る「萱ノ鉄穴場跡」。
  右手に菅谷川が流れており、写真の後方と前方には
  排砂用の水路が作られています。
  比較的小規模な鉄穴場といえます。


鉄穴(かんな)流し(後編)

『語り部』 吉田村たたら製鉄の歴史より
鉄穴(かんな)ということは、川岸付近で砂鉄の多い土砂を掘り、川に流していた場所に穴ができる、これを、鉄を掘った穴だから「鉄穴」のことを「かんな」とよぶようになったといわれています。
鉄穴流しの初めごろは山頂(峰)に水を引き、水と一緒に山頂から山を崩して下に流していたと想像されます。だんだん大量に土砂を崩す方法が考えられ、山の中腹に井出(水路)を通して、長い柄の打鍬で山を掘り込み、上部の土砂は(を)大量の土砂の重みで崩落させることを(が)考案され、効率を上げるようになりました。(しかし)この方法は非常に危険な作業であって、時に掘る作業員さんが何人も土砂の下敷きになって亡くなっている山場があります。また、(遠方から水を引く場合)多額の費用をかけて水が引かれ、延々八キロメートル以上の井出もあります。
(鉄穴流しの工程は、崩した土砂が)急流の井出(走りともいいます)を流れる間に、風化途中の土砂は砕けて流れ、土砂は砂溜池(山池)に溜まります。次に(溜まった土砂は)第一洗い池(大池)に流され、次に第二洗い池(中池)に流されます。各池では水加減をして軽い砂は流し出され(ますが)、重い砂鉄は沈殿していき、次の精池(乙池)(おといけ)に溜められます。(鉄穴流しの事例によると、砂鉄は精池(乙池)からさらに樋に集められ、ここで採取されます。)この方法はいつごろ、どこで考案されたか、いろいろ説はありますが、私は1570年~80年頃出雲地方で始まったのではないかと思っています。

鉄穴流しのようす
(かつて行われていた)鉄穴流し作業は、冬季間の仕事で農民にはまたとない副業でした。よい鉱脈を探して秋の彼岸からこの鉄穴流しを始めるまでに、水を引いたり、他の準備万端整えておくことになります。
鉄穴流しで土砂を崩す山を山場とか本場とよんでいました。―中略―下流で砂鉄を採取する場所を尾場とか洗場とよんでいました。(また)山場で仕事をする人を穴夫とか掘り子といいました。ここでは四人ないし五人が打鍬、鶴嘴(つるはし)を振って山を崩し、―中略―一人ないし二人が井出を上下(行き来)して石を跳ねたり(取り除いたり)、水が不足するときは中途で足水(たしみず)をします。全体で鉄穴流しの作業員さんは十人から十五人が仕事をしていました。この人たち一組を世話し、統率する頭の人を鉄穴師(かなじ)といっていました。―中略―
洗場で仕上げられた砂鉄は(まだ微粒な砂が混じっているため)純度が六十%ぐらいでたたら場に運ばれます。たたらで使用するときは、(さらに)たたらの洗舟で純度八十%の清砂鉄に仕上げられ、炉に入れられます。

 
   
   
   菅谷たたら山内 案内所にあった砂鉄見本 上:真砂砂鉄 下:赤目砂鉄

鉄穴流しの作業期間は、下流の農耕との関係で秋の彼岸から春の彼岸までとされていました。この一期間で砂鉄が百トン採取できれば上々でありました。約百二十トンを越した場合は千駄祝―中略―と称する祝いをするしきたりがありました。―中略―
永代たたらでは、年間に砂鉄を七千駄(787.5トン)から九千駄(1012.5トン)、菅谷たたらでは一万駄(1125トン)から一万二千駄(1350トン)も使用されていたというから、木炭やその他の資材を加えると、その運搬量は膨大なものでありました。資料によりますと、菅谷たたらの砂鉄運賃は明治16年ごろ、距離や場所にもよりますが二十四貫(90kg)一駄が六銭から十一銭五厘ぐらいであっといわれています。
この鉄穴流し法は、比重淘汰水洗法(比重選鉱法)といわれています。土中(母岩)に含まれている砂鉄の量は、(わずか)0.1~0.5%まででした。0.3%なら上の山とされていました。吉田辺りでは―中略―0.2~0.4%の山であったと思われます。―中略―浜砂鉄、川砂鉄は質が落ちます。―中略―鉄穴流しが始まってからたたら製鉄は山砂鉄が主体でありました。それでも幾分は川砂鉄も使用されていました。―中略―
文中にもあったように、山を崩した崖の真下にいて、一気に土砂を崩す作業は、危険と隣り合わせの作業だったようです。雲南市大東町の下久野地内でも、かつては菅谷たたらと同様、高殿が築かれ、たたら製鉄が行われていました。この地域は、鉄穴流しで形成された地形が広がり、かつてこの作業で犠牲になった人の数とも伝えられる「八人鉄穴」という小字名も残っています。
鉄穴流しについては、一旦これで置き、次回はたたら製鉄に欠かせない木炭について『語り部』からご紹介します。

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