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『語り部』~菅谷たたらの歴史物語①~

                    
    
 
     昭和53年以降の菅谷たたら高殿

『語り部』
 かつて、雲南市吉田・掛合町地域の「たたら」調査研究に尽力され、その成果を『語り部』と題して著作出版された方がありました。故田部清蔵さんです。
 田部清蔵さんは、吉田村に生まれ、昭和41年(1966)に当時の吉田村の教育長に就任後、菅谷たたら山内の重要文化財指定に向けた調査や、たたら製鉄の復元操業に関わりました。その間には、菅谷たたらの最後の村下であった堀江要四郎氏からたたら操業の体験談を聞かれ、たたらを吹くとは、鉄をつくるとはどういうことかを教えられ、また、高齢にもかかわらず現地調査されたのです。こうして『語り部』は12年の歳月をかけて執筆され、平成9年(1997)に自費出版されました。
著書の冒頭で田部清蔵さんは、「祖先が苦労して築き、鉄と共に歩んできた、たたらの文化を消してはならない」との強い思いを抱かれています。『語り部』を読んでみると、田部清蔵さんが菅谷たたらに傾けられた並々ならぬ情熱が伝わってきます。
『語り部』には、たたら製鉄の繁栄と衰退に至る背景や、鉄師であった田部家と山内従事者とのつながりなども盛り込まれており、まさに菅谷たたらを初めとした、吉田・掛合町地域における、たたら製鉄のバイブル的な書物ともいえます。なお、『語り部』は、田部清蔵さんが私費を投じて出版され、村内のみに配布されたために外部に出回ることがなく、たいへん貴重なたたら研究書でもあるといえます。
『語り部』が出版されておよそ30年が経った現在、老朽化した山内の施設は大規模な保存修理が進んでいます。これに併せるかのように田部清蔵さんが、遺志でもあるたたらの文化を消してはならないとの思いを語りかけているかもしれません。
そこで、今回から『語り部』に記された、たたらにまつわるお話を順次紹介していくこととしました。まず初回として、田部氏が最初に記された、「たたら」とは何かを知っていただくために、たたら製鉄に関する用語解説から始めることにしましょう。なお、原文では「である」調、「です・ます」調が混在していますが、ここでは全て「です・ます」調に置き換え、また、部分よっては( )書きで文章を補完しています。

たたら製鉄の概要より (二)たたらとよばれる言葉 
 たたらという言葉はどうも日本語ではないといわれています。説はいろいろありますが、技術が渡来したときから鉄を造ることを、「たたらをする」といわれていたとする説が本当のように思われます。(製鉄が)中央アジアから日本に伝わるまで約二千年の歳月があります。―中略―(中央アジアの)タタール人から鍛冶をすることを、タタールすると言われるようになり、それがなまって鍛冶することが「たたら」と呼ぶようになって日本に伝来したという説のように思われます。山内では、たたら操業のことを「たたらを吹く」といわれています。
【永代たたら】
江戸時代になり、製鉄技法が進歩して優れた和鋼を造るため(に)地下に防湿保温の大規模な設備を築き、年中作業ができるように高い大きな建物を建てた設備を永代たたらとよんでいます。
たたらの製品とたたら操業
砂鉄を溶かして鉄をつくる作業のことで、(鉄の種類により)その作業に次の二通りがあります。
【銑(ずく)】
(赤目砂鉄を原料とした)炭素量の多い脆い鉄であり、このままでは使用されないので、大鍛冶屋で脱炭して包丁鉄に仕上げられるほかに鋳物鉄になります。―中略―銑を造る「銑吹(き)」(ずくぶき)、これは炉で四昼夜連続で作業をします。―中略― (一旦)大鍛冶屋で脱炭されて鉄(包丁鉄)となるため、銑吹(き)は間接製鉄法といわれています。

                     
  火が入れられた高殿のたたら炉(昭和44年ごろ)

【鉧(けら)】
 真砂砂鉄(を原料)として吹かれる鉄で、チタンが少なく、鉧の中には鋼があり、鋼はこのまま使用されるので直接製鉄法といわれています。鋼(はがね)を造る「鉧吹(き)」(けらぶき)、これは炉で三昼夜連続で作業をします。 (このように)三昼夜、四昼夜(連続して行われる)作業一工程を一夜(ひとよ)といっています。
【鉄山(てつやま)】
たたら用燃料の炭材林(炭山)は鉄山といわれています。(江戸時代)領内の山は殿様の山で、鉄師(たたら経営者)はその山林を借用して(炭を焼いていたことから)「殿様の御鉄山」といわれていたのを略したよびかたです。
【山内(さんない)】
たたら(高殿)や大鍛冶場のある場所で、建物施設、そして住民の住んでいる場所、住民に付随した耕地、祠などの一帯を指して山内といわれています。 
【鉄滓(てっさい)】
 鉄は溶けて(炉の)下に溜まり、不純物は軽いので上に浮きます。(炉に穴を開けると、不純物はドロドロになって流れ出ます)、その流れを「ノロ」ともいっています。ノロが冷えると固まり、学問的には鉄滓といわれ(ます)。この二者をこの地方では鉄糞(かなくそ)とよんでいます。
【火内(ほうち)】
 炉の真上で、(長さ)八メートル四方、屋根まで(高さ)約八・五メートルの空間を指しています。山内では、天王字山とよんでいます。
【押立柱(おしたてばしら)】
 高殿建物の炉の周囲四角にある太い柱のことです。高い建物の梁や桁を支える柱で、一辺八メートルで正方形に建っています。左側の奥の柱は元山といって、金屋子神が宿られている柱で、その対角の柱は、端柱(すみばしら)といわれています。
【表・裏】
 高殿内で向かって左側を表(または表坂とか東山)といい、そこに村下(むらげ)座があります。右側を裏(または裏坂、西山)といい、炭坂(すみさか)座があります。
【村下】
たたらの最高の技術者で、鉄の生産についての責任者であり、鉄の品質やその量産の責任を負います。技師長ないし作業長の職分を持ち、高殿内の労働統制と神聖保持の至上権をもっています。
【炭坂】
裏村下ともいわれ、村下の向こう側にて砂鉄を投入する村下に継ぐ技術者です。本務は炭を司る職で、炭の品質を見て炭の投入を炭焚きに指示します。炭を司る炭司(すみつかさ)が炭坂になまったともいわれています。
 以上、『語り部』の中からたたらに関する用語のいくつかをご紹介しました。 次回は、たたら製鉄になくてはならない「砂鉄」のあれこれについてご紹介します。
 

              
               
        菅谷たたらの歴史がこめられた貴重な資料『語り部』の表紙

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