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数少ないスサノオノミコト登場地―佐世郷

記紀(『古事記』・『日本書紀』)に記される出雲神話の中で、スサノオノミコトのヤマタノオロチ退治神話はよく知られていますが、不思議なことに、『出雲国風土記』にはこの神話は載っていません。しかも、『出雲国風土記』に、スサノオノミコトは4回しか登場しないのです。

これに対して、オオクニヌシ (オオナムチ)ノミコトが登場する数は、大原、飯石、仁多郡に限っても12回もあります。実は、これらの神様は、地名の起源伝承に登場することが多く、その意味では、オオクニヌシノミコトの神話伝承のほうが、スサノオノミコトより伝承の範囲が広かったといえます。

~伝承紹介の前に~

ところで、記紀では、スサノオノミコトは、姉に当たるアマテラスオオミカミとの誓約(うけい)に勝利し、調子に乗ってひどい乱暴をはたらいた結果、高天原から追い出されてしまいます。その後、スサノオノミコトが降り立ったところが、出雲の国の、斐伊川の川上だったというのはよく知られています。しかし、よく考えてみると、全国には大きな川がいくつもあるのですが、なぜ、スサノオノミコトが降り立ったところが出雲の国の斐伊川だったのでしょうか。素朴な疑問がわいてきます。

スサノオノミコトが自らの御魂を鎮め置かれたとされる須佐郷(出雲市佐田町須佐)には須佐神社が鎮座しています。例えばスサノオノミコトが降り立ったところが佐田町を流れる神戸川であれば不思議ではないのですが、実際に選ばれたのは、ほかならぬ斐伊川だったのです。やはり、斐伊川が選ばれたのは何らかの理由があったのでしょう。

ヤマタノオロチが現れるのが斐伊川だと言ってしまえばそれまでですが、すると今度は、ヤマタノオロチが現れるのはなぜ斐伊川なのか、堂々巡りとなって疑問はつきません。余談になりますが、実は、神話を読み解く面白さはこういうところにもあるといえます。

~スサノオノミコトが踊った地~

さて、地上の世界(『古事記』では葦原の中つ国)では、出雲神楽のオロチ退治にみられるように勇者に変身したスサノオノミコトですが、『出雲国風土記』では、「佐世」の地でスサノオノミコトが踊ったとされ、コミカルなスサノオノミコトが描かれています。そのとき頭に挿していたのが「佐世の木の葉」であり、踊っていた時に木の葉が落ちたので「佐世」というようになったとあります。これが『出雲国風土記』の中で、唯一古老の言い伝えとして記されるスサノオノミコトの神話伝承なのです。

ところで、『出雲国風土記』には、スサノオノミコトの頭から「佐世の木の葉」がわざわざ地に落ちたと記され、地上に「落ちる」ことが強調されています。同じように飯石郡の多禰(たね)郷では、オオクニヌシノミコトとスクナヒコノミコトがこの地を巡った時に、稲の種を落としたことから、種(たね)というようになったと記されています。こういう記述からみると、スサノオノミコトが踊ったことよりも「佐世の木の葉」が「落ちる」、「落とす」ことに意味があると考えられます。

『出雲国風土記』には郡ごとに神社名が記されていますが、佐世郷では唯一、佐世神社の名がみえます。うっそうとした椎の木に囲まれた佐世神社は、スサノオノミコトとクシナダヒメが祀られる由緒ある神社で、境内には椎の木の巨木が空に向かってそびえ、いにしえの面影を伝えています。

佐世神社(縮).JPG

       佐世神社 拝殿

    佐世神社椎の木(縮).JPG

                      天を仰いで伸びる椎の巨木

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