SHIMANE UNNAN-CHALLENGE

これまでの雲南市(雲南市ブランド化プロジェクト)

歴史の幸

斐伊川中流域の川べりに営まれた原始鍛冶工房

 

 雲南市のほぼ中央を、南北に流れる斐伊川のある木次町平田では、平成11年、斐伊川のそばの水田の下から直径が9m近くもある大きな竪穴建物跡が発見されました。この建物跡からは地面に熱を受けた場所が4箇所見つかり、調査の結果鍛冶炉の跡であることがわかりました。さらにこの建物跡では、鉄鏃(やじり)やヤス状の棒状鉄器、ヤリガンナなどが多数の鉄片とともに出土しました。出土した遺物の中で特筆されるのは鉄鏃の製作途中段階のものまでありました。このほか鉄器を研磨したとみられる砥石や、鉄器の製作に使用したとみられる作業台の石も出土しました。

 これらの出土状況から、この建物跡では原始的な鍛冶炉で鉄素材をあぶった後、鍛打(たんだ)し、鏨(たがね)で裁断され、砥石で研磨加工するといった原始的な鍛冶工房であることがわかりました。この一連の鍛冶工程がよくわかる遺跡は県内外でもあまり例がありません。また、これらの作業は複数の工人によって分業で行われたものと考えられます。この工房のあった時期は同時に出土した土器の年代から弥生時代終末ごろであることがわかりました。


 ところで、平田遺跡で使われた鉄素材はどこで作られたものなのか気になります。分析を行ったところ、これらの鉄素材には、適切に炭素量が調節されたものや、鍛造品が含まれていることから、朝鮮半島から運ばれた可能性が高いことがわかりました。
 遺跡のある木次町平田地区は、近代まで仁多郡に属していました。奈良時代に編纂された『出雲国風土記』の仁多郡条には良質の鉄を産出していたことがわかっています。『出雲国風土記』がつくられるさらに前、およそ1700年前には、斐伊川中流域で鉄の加工がおこなわれ、その鉄素材は朝鮮半島から運ばれたかもしれません。

鉄レポート.jpg

鉄鏃の完成品(左)と未製品(右)
三角形の鉄片は鏨で切り離された鉄素材の切れ端とみられる。

鉄レポート2.jpg

作業用の台石と様々な砥石
工程や製品によって使い分けられたとみられる様々な砥石。手前左は鏨。

鉄レポート3.jpg

ヤス状の棒状鉄器
このほかに1本の棒状鉄器がまとまって出土しています。

記事一覧

もっと見る

雲南ソーシャルチャレンジ大発表会

Facebook

雲南市に関係するサイト