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歴史の幸

銅鐸の謎に迫る

 加茂岩倉遺跡から出土した銅鐸には、鈕(ちゅう)と呼ばれる吊り手の部分に、「×」の刻線のあるものがあります。出土総数39個のうち、14個で確認されたこの刻線は、銅鐸の鋳造後、鈕の菱環(りょうかん:吊り手の部分で最も膨らんだ部分。断面が菱形をしている)の頂部に、鉄製の工具で打ち込まれたものです。


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 同じように「×」の刻線を持つものに、島根県簸川郡斐川町の荒神谷遺跡から出土した銅剣があります。荒神谷の銅剣は、出土総数358本のうち344本で確認されていますが、このように青銅器に「×」の刻線があるのは、加茂岩倉銅鐸と荒神谷銅剣の2例のみです。

 しかも、加茂岩倉遺跡と荒神谷遺跡は、直線距離にして約3.3㎞。山ひとつを隔てた表と裏のような位置関係にあるのです。

 ある人は、加茂岩倉の銅鐸と荒神谷の銅剣を保有していた集団があって、その保有の証に刻んだものではないかと言っています。そして、このほかにも、いろいろな考えが述べられてきました。

 いま確実に言えることは、銅鐸が鋳造されてから、いつの時点で打ち込まれたのかがわからないということ。工人によるものなのか、はたまた保有集団によるものか。「×」の刻線の意味とも絡んで、考えは尽きません。

 いきなり、難しい課題を提議してしまいましたが、是非とも、みなさんのお考えをお聞かせください。素朴な疑問、感想もお待ちしております。ちょっと視点を変えてみることが、大きな発見につながることもあります。加茂岩倉銅鐸の謎の解明をめざして、みんなで「うん、何?歴史学」を深めていきましょう。

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