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歴史の幸「菅谷たたら山内」『語り部』~菅谷たたらの歴史物語⑰~大鍛冶あれこれ(中)


           
杉谷たたら山内の名大工 渡部平助氏を紹介するパネル (鉄の歴史博物館)
         
『語り部』では、かつて大鍛冶を取り仕切る大工職であった、故渡部平助氏が、著者に本場の作業について語ったことが載っていますのでご紹介します。

 ほかの地方の大鍛冶屋のことが書かれた記録には、二焼した鉄(「大鍛冶あれこれ(上)」を参照)を数多く打って鍛錬した包丁鉄が好まれていると読んだことがあります(著者)。これに対して故渡部平助氏は、「鉄は打つほどに固くなるもので、包丁鉄は少なく打って、鉄の板の形を早くつくるのが大工の上手」と言われていました。

本場作業の職人技
 包丁鉄は、一か所を二度打ってはいけない。また、槌の角で打ってはいけない。大工は真っ赤に焼けた鉄が金床に乗った時に、どこから、どう打たせるかを咄嗟に判断して、打つところを常に金床の真ん中に置く。手子(てご、向打ともいいます)は必ず金床の真ん中を打つ。そして、長さ、幅、厚さを整えて鏨で鼻(端)を切り、包丁鉄の縦の真ん中に鏨で切れ目を入れて仕上げます。真っ赤に焼けた鉄が金床の上に乗った時に咄嗟に打つ順を判断する。これを間違えると包丁鉄にはなりません。包丁鉄の縦の真ん中を、鏨で八分を切って二分を残し、まっすぐに切ることは年季が入ります。

     

  本場作業での廻し打ちのようす(模型)  (鉄の歴史博物館)

手子(向打)のこと
 大鍛冶屋で一番の技術者は手子(向打)かもしれません。手子は一貫五百匁(5.6㎏)から二貫(7.5㎏)近い槌を十時間近く廻し打ち(槌を普通に持ち上げて打ち下ろすのではなく、槌を振り回して持ち上げ、勢いをつけて打ち下ろす)をしなければなりません。しかも槌は鉄のどの面にもあたるように打たねばなりません。万一、槌の角で打った場合は、その鉄は傷ものとなります。また、槌は必ず金床の真ん中を打たなくてはなりません。それが外れた場合はその鉄は除かれます。
 このように、槌打ちの作業は気を緩めることができず、作業に集中するため、田部家が経営する鍛冶屋では、夜の十時ごろから作業を始め、明け方九時ごろに終わるようであったと記されています。
 手子は、一番から四番までいるが、一番子は一番しか打てません。それほど技術のいる仕事です。この手子職人について、元小屋支配人の苦労が『語り部』には次のように記されています。
「支配人が一番心配することは、鍛冶屋職人たちの健康のことであった。一人でも休めば全員が休むことになるので、支配人は常に職人たちの健康状態に気を配っている。鍛冶屋場では作業中、他から人が入ってくることは厳禁されている。これは仕事中に人が入ると気が散って(槌打ちに集中できず)作業の邪魔になるからである。支配人といえども中に入ることはできない。(そこで支配人は)外で槌の音を聞き、何番は体の調子が悪いとかいうようなことを感じ取る。支配人は外で聞く槌の音で手子の調子が分かるようにならなくては務まらない。」
 このように包丁鉄の一枚一枚に職人の丹精が込められて出荷されたのです。むろん平助氏が仕上げた包丁鉄が高く評価されたのは言うまでもありませんでした。
次回(下)は、大鍛冶で使われた木炭にまつわる事柄をご紹介します。

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