SHIMANE UNNAN-CHALLENGE

これまでの雲南市(雲南市ブランド化プロジェクト)

人の幸

第5回 菊地敏雄さん

加茂岩倉遺跡のこと、たくさんの人に伝えたい

菊地敏雄。雲南市加茂町下神原在住。平成8年まで県内の大型自動車販売店に勤める。退職後、加茂岩倉遺跡でのボランティア活動に参加。平成10年7月、「遊学ボランティアの会」発足とともに同会副会長に就任。現在、会長。
遊学ボランティアの会とは
-遊学ボランティアの会は、どういう理由で設置されたのでしょうか。
平成8年10月14日、雲南市加茂町岩倉の農道工事現場から全国最多となる39個の銅鐸が出土すると、人口6,700人程度の静かな町に、たくさんの見物客がどっと押し寄せてきました。
連日たくさんのお客さんを受け入れるため、町誌編纂研究会の会員や公募で集まった人など約30人がボランティアとして対応にあたりました。これが「遊学ボランティアの会の起源」です。
その後、研修会を重ねながら、ガイドとしての心得や銅鐸に関する知識を習得するなどの準備を進め、平成10年7月、正式に発足する運びとなりました。

地元への恩返し
-菊池さんは、どうして遊学ボランティアの会に参加されたんですか。
ボランティア活動が始まったのは、勤めていた会社をちょうど定年退職する年でした。
当時、加茂町教育委員会に勤めていた同級生からの強い誘いもあり、活動に参加しました。
それまでは、仕事が忙しいことを理由に、地域活動への参加・協力を断ってばかりでしたので「これからは、地元に恩返しできれば。」という気持ちでした。
ボランティアの会の主な活動
-会の活動には、どのようなものがあるんですか。
新緑の加茂岩倉遺跡遺跡の案内施設である加茂岩倉ガイダンスには、職員1名が常駐し、お客さんの案内を行っています。
私たちガイドは、大型連休や夏休みの土日・祝日など観光客が多数訪れる時期に2名体制で、ガイドを行っています。団体客が来られた時など、急遽対応に当たることもありますね。
その他、遺跡周辺や荒神谷遺跡へと続く「古代の道」の草刈作業を年に数回実施し、皆さんに安心して見学していただけるよう環境整備に務めています。

歴史的大発見!!銅鐸出土時の様子
-銅鐸出土を知ったとき、どんな感じでしたか。

土の中から現れた銅鐸(写真はレプリカを撮影したもの)農道工事の作業中、午前10時ごろに発見されました。
土砂を掘り起こした斜面に青色のものが転がっており、発見した作業員も最初はポリバケツの残骸か何かだと思われたようです。
私たち町民は、その日の夕方、臨時に流された音声告知放送で出土の事実を知りました。
岩倉から数キロ離れた斐川町の荒神谷で、昭和59年に358本の銅剣が出土していましたが、はじめは「加茂町でも何か出たみたいだわ。」と感じた程度。国宝に指定されるほど価値のあるものが出土したとは、夢にも思いませんでしたね。
ちなみに、神原神社古墳(加茂町神原)の「景初三年銘 三角縁神獣鏡(重要文化財)」、荒神谷の銅剣、加茂岩倉遺跡の銅鐸は12年間隔で発見されています。何か因縁を感じますね。
また、銅鐸発見のきっかけとなった農道のルートが少しでもずれていたら、発見されていなかったことを思うと、これまた不思議な縁を感じます。
※景初三年銘三角縁神獣鏡は、全国でも3枚しか出土していない。

発掘現場を見学する人々発見翌日からはテレビや新聞で大々的に取り上げられ、以降、北海道から九州まで、全国津々浦々からたくさんのお客さんが訪れました。
日が経つにつれ、一箇所からの出土数としては全国最多となる39個が見つかったことなどを知り、銅鐸出土が歴史的な大発見であると誰もが気づき始めました。
遺跡付近にテントを張り、役場職員などが泊り込んで厳重に監視していましたね。
銅鐸フィーバー
-当時、加茂町はものすごい賑わいだったと聞いていますが。

そうですね。現地の一般公開日には、1日で町の人口を上回る9,000人が訪れ、長蛇の列を成しました。私も列に加わりましたが、わずか数百メートルを2時間かけて進みました。見学者が多く立ち止まることもできなかったため、銅鐸を見られたんのは、ほんのわずかな時間だったことを覚えています。
臨時駐車場となったラメールなどからは、シャトルバスが運行され、国道54号も宍道付近まで渋滞していました。空撮用に上空を飛ぶヘリコプターの爆音に驚き、牛の乳が出なくなったという逸話も残っていますし、とにかく誰もが大騒ぎでした。(当時の様子は、映画「うん、何?」でも再現されています。)
加茂岩倉ガイダンスについて
-加茂岩倉ガイダンスはどんなところですか。

平成15年、遺跡全体を見渡せる場所に建設されました。
施設内には、銅鐸のレプリカが飾られているほか、資料や写真も展示してあり、当時の様子をうかがい知ることができます。
また、きれいに整備された遺跡周辺は、出土当時の面影を今でも残しており、草花の変化や野鳥のさえずりなど、四季折々の自然を感じながら古代ロマンに思いを馳せていただけると思います。

加茂岩倉遺跡のこと、たくさんの人に伝えたい。
-今後の夢を教えてください。

ご存知のとおり、加茂岩倉遺跡銅鐸は平成20年7月、国宝に指定されました。
実物を展示する島根県立古代出雲歴史博物館(出雲市)が完成したこともあり、加茂岩倉遺跡には、今でも県内外からたくさんの観光客が訪れています。

ガイダンスや歴史博物館とともに荒神谷遺跡、菅谷たたら山内(雲南市吉田町)なども探訪し、出雲神話や古代鉄の世界をじっくり味わっていただきたいですね。

遊学ボランティアの会でも、加茂岩倉遺跡銅鐸のことをたくさんの人に伝えていきたいと思いますが、なにぶんメンバーの高齢化が進んでいます。
私たちの後を受け継いでくれる人材が育つと同時に、後世にまで銅鐸の価値や出土時の感動が語りつがれてほしいと思います。

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