SHIMANE UNNAN-CHALLENGE

これまでの雲南市(雲南市ブランド化プロジェクト)

人の幸

第1回 佐藤忠吉さん

田舎の誇りを忘れずに! 食の本質を見つめ続けて50年

佐藤忠吉 木次乳業(有)相談役 1920年生まれ。小学校卒業後、家業であった農業に従事。55年から仲間と牛乳処理販売を始め、69年に木次乳業(有)社長に就任。現在は相談役。50年代から有機農業に取り組み、日本で初めてパスチャライズ牛乳の生産・販売に成功。名刺の肩書きには「百姓」と記し、酪農を核とした有機農業にこだわり続けている。日本農村医学会「日本農業新聞医学賞」受賞。
記念すべき第1回目にご紹介する「人の幸」は、佐藤忠吉さん。雲ひとつない青空が広がる12月の某日、食の杜(雲南市木次町)内にある築130年ほどの茅葺の家の縁側に座り「昔はようこうやって話したもんだわね~」など、ほのぼのとした雰囲気の中、お話を伺いました。

「地域自給論」から生まれた「地産地消」
1970年(昭和45年)頃、当時まだ雲南では、牛を飼い、味噌や醤油をつくり、お茶をもみ、炭焼きなどをしながら暮らす人がたくさんいました。こうした自給自足の生活を後世に残していこうと地域の仲間数名と取り組みました。いわゆる「地域自給論」の始まりです。
地域自給論は、やがて産消提携論、地場生産・地場消費論へと変化していきましたが、1990年に地域自給元年として木次町で行ったイベントが、当時経済協力開発機構(OECD)参事官だった篠原孝さんの目に留まりました。篠原さんは、1987年に地産地消という言葉で地域自給的なことを語られ始めており、私たちの取り組みを評価されました。私の知る限り、これが「地産地消」という言葉のはじまりです。以来、この言葉は頻繁に使われるようになったんです。

 現在、たくさんの人たちが「地産地消」という言葉を使うようになりました。しかし佐藤さんは「残念ながらその本質を理解してない」となげきます。

地産地消の本質、雲南は地産地消の発祥地!!
-30年以上前から生命の本質と向き合い、農業に取り組んでこられた忠吉さんは「地産地消の本質」を語り、「雲南は地産地消の発祥地」と独自の理論を用いながら、自信を持って語ります。


地産地消の根本にあるのは、「身土不二」(仏典用語)、「一物皆食(いちぶつかいしょく)」、「土産土法」です。
もう一つ大切なのが、すべてのものには命があり、感情があるということです。それ(食べ物)を自分の命に振り替える(食べる)ということは、相手の命に生命力のあるものを作らなければいけません。「人の手の掛らない、自然のものを作ること」こそ、我々のとってきた消費者への対応ですよ。食の杜は、まさにその思想を凝縮したようなところです。
地産地消の取り組みについて、個人的な動きはたくさんありましたが、組織的に動いたのは日本で雲南が最初です。言ってみれば、雲南というとこは地産地消の発祥地です。

「身土不二」:身体(身)と環境(土)とは不可分(不二)であるという意味。
「一物皆食」:一つのものを根も葉もすべて食べるという意味。
「土産土法」:その土地でとれた産物をその土地の調理法で食べるという意味。


食育運動を広めていくためには
-忠吉さんは、今一度「生命の本質」を見つめなおし、真の豊かさとは何かを訴えていくことが「食育」の基本であると訴えます。

明治から昭和にかけ、日本の人口は急激に増加し、加えて生活の質も飛躍的に向上しました。このことに危機感を抱く人は少ないと思います。
東京や大阪での講演でもよく言いますが、都市での生活というのは「虚」の暮らしですよ。本来、貨幣は労働の代償ですが、今の貨幣は、自分の欲望を際限なく膨らます手段になっています。金融工学というものが生まれ、実体のないものを膨らませようとしています。資本 食の杜に広がるぶどう畑 主義の最も悪いところです。
貨幣がいくらあっても、そこに「実」となる現物がなければ腹は太くなりません。現在の社会では、農業従事者など「実」の暮らしをするものは、「虚」の下敷きになっています。
さらに言うと、いわゆる定住民族の社会では、一定の面積のなかで一定の人が働いて、そこから一定の生産物ができて、一定の人口が養われていました。自然との調和を保ちながら生活していたわけです。ところが、化学肥料や農薬を使うことで、食料生産量は増加、結果として人口が増えてきました。
食べ物があるところに、必ず人口が増えるというのが普遍的な考えですが、今はバランスがとれていません。
生きるために一番大切なものは何かを見つめ直さなければ、世の中がよくなりませんよ。


-それで、食育の考え方を広めていくにはどうすればいいんでしょうか?
「実」の社会(食の杜での活動など)が、楽しくて、面白くて、愉快だと、周囲に感じてもらえればいい。この食の杜にある室山農園に上がれば「ホッとする」「心が休まる」「ここへ来れば面白いな、ここに住みたいな」と思ってもらえればいいのではないでしょうか。「決して語るべからず」です。


雲南市の学校で取り組む「弁当の日」運動について
昔からの漬物と梅干だけの弁当にするといいね。その方が不思議と元気になります。
まず、「ひもじさ」と「寒さ」と「困難」が生物を進化させてきたことを給食の中で教えないといけませんね。
それと、どれから箸をつけるかという箸順。食べ物を順序良く摂り、口の中で噛むことによって口内調理になります。これは日本食の特長ですが、きちんと習慣づけ、食文化を見つめることによって自給率は上がります。一汁二菜か三菜ですよ。

噛むということも大事ですよ。唾液によってある程度の添加物はそこで消されますし、腸内細菌のバランスも正常化されます。脳に刺激を与えることは周知のとおりだが、断食することによっても細胞・脳が活性化されますね。
朝食を必ず食べようというが、朝は排泄の時間であるということも忘れずに。

取材中のエピソード
1時間ほどの取材中には、たまたま辺りを通りかかった雲南TRCの皆さんを大きな声で呼びとめ、世間話をする場面も。「インタビューですか」との問いかけに、「いんや、ダボラ会。あんたも入る?」と気さくに応対しておられました。
しばらくすると近くで作業していた人が寄ってきて、取材はちょっと中断。佐藤さんの周りには、常に人が集まってきます。

これからの夢は何かありますか?
そのときに面白いことがあればそれでいいですよ。
変化が止まったときは、進歩が終わったとき。
進歩が終わったということは、死を意味すると思っています。
今いいと思っていたことでも、10年先ではとんでもないことをしていたということになるかもしれません。今日時点でこうじゃないかと思ったところで、それが絶対だなんていう言葉は使えませんからね。絶対という言葉を使えるのは、仏さんと神さんだけ。死ぬまで変化しないといけません。

変化がとまったとき・・・それは全てが終わったとき。
自分自身が面白いと感じたことを実践し、積み重ねてこられた佐藤さん。これまでもたくさんのメディアに取り上げられているのに、何度お話を聞いても、いつも面白く、勉強になります。
しかも、言われてみれば確かに、と思うことばかり...。
そして、とても米寿を迎えられたとは思えないバイタリティー。佐藤忠吉さんは、記念すべき第1回の「人の幸」にふさわしい、まさに雲南ブランドそのものでした!

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